冬の習作

家の扉がほんの少し開いた。少年が外を覗く。冷たい空気が足元に流れ込んできた。冷気がしんしん染みる。

昨晩は雪が降らなかったのかしら、彼は思った。

道は真っ白だ。雪に太陽が映ってきらきら光っている。ばたん、重い戸を閉めた。

「母さん、母さん、昨日は雪が降らなかったのでしょう」

「そうだねえ。昨晩はずっとお星さまが出ていたはずですよ」

母は玄関に立って息子の出発を見守っている。

「それならおかしい。雪が昨日から全然減ってないもの。むしろ少し増えたよう……」

「それは霜ですよ」

「霜? 霜とは何です、母さん」

「風のない晴れた夜は、寝ている間にいつの間にか、そんな風に霜が生えているのです」

「へぇ~」

「さあ早く行かないと遅刻しますよ」

母は息子を急かした

「はぁい」

少年はランドセルを乱暴に肩にかけ家の扉を押す。今度は冷たい空気が塊になって少年の身体を包んだ。

「行ってきます!」

戸が開かれると天井が、壁が、前方に向かっていきなり開放される。家の中でぬくぬくとしていた精神も共に身体の外へと広がっていく。空気がきりきりと冷たい。指先が急に冷たくなる。そして吐く息が、白い。少年は駆け出していた。積雪は薄い。足裏から固い土の感触を感じる。踏めば下の土が僅かに見えた。

「おーい!」

ちょこ爺さんだ。隣に住むこの老人を、少年たちはみんなからかってそう呼ぶ。

「ずいぶんとご機嫌じゃあないか、え!」

「ちょこ爺おはよう!」

一瞬の会釈の後、彼の姿はあっという間に視界の端に追いやられた。身体が軽い。ランドセルががたがた音を立てる。冷たい風が髪を撫でていく。冬の空気は硬質だ。夏は違う。夏は色んなものが混ざっている代わりに柔らかい。冬は澄んでいて硬質。今頬を吹き過ぎていくこの風も、澄んでいて硬い。雪をかぶった道は真っ直ぐ前に緩やかな上り坂になって続いている。その一番高くなったところで彼は足を止めた。はあはあ、小さな肩が上下する。ふう、大きく一つ息を吐いた。

太陽が白く小さく輝いている。朝日が雪に反射してきらきら光っている。それが、少年には、朝日が空に反射しているように見えた。空は水色をした半透明のドームだ。手が決して届かないはるか天上にあるそれは、ガラスのようでありながら、海のようでも、陽炎のようでもある。そこに太陽の光が反射して、視界全体がぼやあっと白くきらめいて見えたのだ。